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運営者情報

初めまして。
当ブログの管理人の 平(たいら) つばめ と言います。


このブログでは、短い人生、自分で選べる未来の選択肢を増やしたい。少しでもすてきな未来を将来に残したい。と思い、ブログを立ち上げました。

Sparrow, flying-bird



基本的には雑記ブログですが、以下3つのテーマに絞って書いていこうと思います。

  1. 買い物依存症だった私がどう費用削減できるようになったか
  2. 40歳までに株の配当金月額5万円(サイドFIRE)を目指してみる過程
  3. 帰国子女がいかに日本社会でほどほどに生きるか

つらいエピソードが多くなりそうな題材を扱っていますが、ただ苦悩や、うつ状態を垂れ流すのではなく、私自身がどう乗り越えて今があるのか。


このブログにたどり着いた方が少しでも明るくなって帰れるように。を心がけて書いています。


毛色が異なる分野が同居しているブログなので、ONモードとOFFモードのつばめさんがいます。

つばめ

投資やキャリアについては、ONモードのつばめ

つばめ

買い物依存症や、買ってよかった口コミレビューはOFFモードのつばめ


よろしくお願いいたします。

日本出生、そしてすぐに出国



日本で生まれたのですが、1歳になる前には日本を出国し、3年に1度は住む国と言語が変わる旅人のような生活。

滞在国で何度か日本人学校に通学したことはあったのですが18歳になるまで日本に定住したことはありませんでした。


当時は根無し草な自分のアイデンティティに悩んだりして、この生活が嫌でしょうがなかったのですが、縛られることが多くなる社会人になってからは当時の生活が恋しくなってきました。


完全にないものねだりですね。不思議なものです。




18歳に日本に永住することを決め帰国




心は日本人とは当時は言えなかったけれども国籍は日本しか保持しておらず、家族も日本に帰国するとのことなので大学進学を機に一緒に帰国することに。

日本の大学に通い始め、そこで一生の友人という人に何人か出会え、卒業した今でもやり取りしている人はいます。

ですが、自分で決断したとはいえ、やはり日本特有の同調圧力の空気には4年いてもなかなか馴染めませんでした。





21歳で海外駐在できそうな日系企業で会社勤めを開始

落ち込む女性, 辛い, つらい


いよいよ大学卒業が見えたときに、まだまだ日本の空気になじみ切れなかった私。

「たまには海外に出る仕事じゃないと息苦しい。」

「自分と近しい価値観を持っている人たちと働きたい。」



と感じ、海外駐在できそうな企業を受け、勤務開始。



最初の配属先は総務だったのですが数字を扱うことが多々ありました。


今は簿記二級、建設業経理士二級をはじめ、いくつか会計資格を持ち財務諸表を読めます。

筆者つばめの保有資格一覧
  1. 日商簿記2級
  2. 建設業経理士2級
  3. TOEIC905点
  4. HSK(中国語検定4級)
  5. ファイナンシャル・プランニング技能検定3級(個人資産相談業務)
  6. ビジネス法務3級




ですが、元々数字が苦手だった私は業務も遅いしミスも多く始発から終電まで業務の毎日。


休日、残業手当を一切つけないようにと上司に言われ、その通りにしていました(今思えばとっと転職すればよかったと思います)。土日は仕事を自宅に持ち帰り、ずっと仕事。


土日も一日中仕事しているのに一向に仕事が終わらず、良く寝れないまま月曜日を迎えとフラフラでした。


毎日職場のトイレで泣きながら仕事していました。


今そのような仕事をしている人、新卒だろうと関係ないです。とっとと転職しましょう。




25歳で日本株投資デビューするが市場の魔物に翻弄され、あえなく撤退

右肩さがりチャート



当時、株主優待をメインにした日本株式投資が推奨されていました。


今考えると恐ろしいですが金融知識ゼロ、不勉強のまま当時好きだった製品を製造販売している企業に投資し、市場の魔物に翻弄され狼狽売りして10%減の元本割れで撤退。


その後、投資の神 バフェットさんの投資先を見ながら米国株に細々と投資を開始。


ですが、日本株での失敗を引きずり、気まぐれに追加投資を2年に1度して放置。


このころにサイドFIREの考え方に出会いたかったと思います。そしたらもう少し資産増えていたのに~



30歳でファッション迷子、買い物依存症気味に

これまでおしゃれに一切興味がなかったのに、これまでの総務から数字を中心に扱う事業戦略部へ異動になったことで職場のドレスコードが緩くなり、一気に覚醒。


最初は純粋にいろんな服着たり、コスメでメイクできること、女であることを楽しんでいました。


しかし、しばらくすると似合わないと感じ、毎日ネットサーフィン、時間があればデパートへ行き、年間100万円以上服や小物につぎ込む散財生活。


貯金が全くできなくなり服を買うのを止めたいのに自分ではなかなか制御できない。


これまでの総務から畑違いの事業戦略の部署へ異動になり、早く一人前になって追いつかなきゃの焦りと周囲の「こんなことも知らないの?」なプレッシャーからストレスが溜まり続ける日々。


「とりあえず外見から綺麗になれば、別の理想とする人間に生まれ変わるかも」と幻想にかられ、服を買っては翌年には売却や破棄でクローゼット総入替。


その場しのぎのストレス発散にはなりましたが心は全く満たされないモヤモヤした毎日を過ごしてました。



31歳で長期入院で自問自答の毎日。サイドFIREを目指す



突如、コロナではないですがこのままだったら命を落とす可能性がある。と言われ1か月近く入院になりました。


あれだけ執着していた服で持ち込めるのは、パジャマと病院へ向かう時の服だけ。コスメは化粧水と乳液だけ。


そもそも服以外にも持ち込める荷物も少ない。


ベットに横になって絶対安静の中、自問自答の毎日。


「このまま人生を終えても悔いはないか。笑って死ねるか。」と考えた時、答えが「NO」でした。

可能性は低いと前置きはされていましたが、最悪亡くなってしまうかも。と言われていたので絶対に生きて退院するんだ。

生きて帰れたら、若い時間を無駄に過ごさず先人の思いも汲んで生きるんだと思い、洋書、和書、いろんな国籍の人生論のエッセイを読みました。


おもしろいことに「死ぬ前に後悔したこと」は言葉は異なっていましたが、以下に集約されていました。

死ぬ前に後悔したことリスト
  1. 自分に正直に生きればよかった
  2. 働きすぎなければよかった
  3. 思い切って自分の気持ちを伝えればよかった
  4. 友人と連絡を取り続けていればよかった
  5. 幸せをあきらめなければよかった


特に日本の場合、一番大事なのは他のものなのに仕事に一番時間を割き、心を消耗しているように感じます。


一番大事なのは、自分の心、いやしや、絶対安全領域を提供してくれる家族や旅行の楽しい記憶

クリスマス、家族


「自分の人生に選択肢を増やしたい。切り開いていく手段がほしい。」


そして入院中にFIRE(会社から経済的自立)という生き方があることを知りました。


40歳でFIREは無理でも、サイドFIREならば現実的ではないか?


まずは、配当金で月額5万円。


そこから月額10万円の配当金を手に入れられる環境を作ろう。2021年、およそ5年ぶりに資金を米国株・英国株・日本株への投資を強化しはじめました。



その投資資金を作るためにも、並行して服買わないチャレンジ1年に2022年は挑戦しています!


よろしくお願いします。


関連配当金月額5万円までの道



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